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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6725号 判決

原告

村松光崇

右訴訟代理人弁護士

若柳善朗

被告

株式会社アイエムエフ

右代表者代表取締役

小澤尚夫

右訴訟代理人弁護士

野島潤一

主文

一  被告は、原告に対し、金一八万〇六〇〇円及びこれに対する平成四年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二八二万三七七〇円及び別表(略)記載の内金額に対する同表始期欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社を退職した原告が、被告会社に対し、退職金残額、退職後の平成四年度夏季賞与、被告会社勤務当時の皆勤手当、待遇手当及びこれらに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実関係(以下の事実は特に証拠を摘示したほかは、当事者間に争いのない事実)

1  原告は、昭和六一年四月一日係長待遇として被告会社に入社し(以下、原告と被告間の雇用契約を「本件雇用契約」という。)、平成四年三月一五日退職した(係長待遇として入社したことにつき〈人証略〉)。原告の被告会社における勤続年数は六年、退職時の基本給は二一万円である。

2  退職金について

(一) 被告会社は、昭和六三年四月一日施行として、就業規則及び退職金規定を含む細則を改正した(以下、改正前の退職金規定を「旧退職金規定」、改正後の退職金規定を「新退職金規定」という。)。右改正のうち退職金規定改正の骨子は次のとおりである(〈証拠略〉)。

(1) 退職金の計算方法を退職時における従業員の基本給に支給率を乗じた額とすること、勤続期間に一年未満の端数があるときは月割で計算し、一か月未満は一か月に切り上げること、以上の点は、新旧両退職金規定において同一である。

(2) 旧退職金規定においては、自己都合による退職と会社都合による退職の場合とで支給率が区別されていたが、新退職金規定では一律の支給率とされた。旧退職金規定と新退職金規定との支給率を比較すると、会社都合による退職の場合の支給率は全般にわたって低減し、自己都合による退職の場合の支給率も勤続年数六年以上の支給率が低減した。

(3) 旧退職金規定によると、勤続年数六年の従業員の支給率は、会社都合による退職の場合で六・八であり、自己都合による退職の場合には右支給率に〇・七を乗じた四・七六である。また、新退職金規定によると、その支給率は、自己都合と会社都合とを問わず三・九である。

(二) 勤続年数六年の原告の退職金額は、旧退職金規定を適用すると、会社都合による退職の場合には一四二万八〇〇〇円、自己都合による退職の場合には九九万九六〇〇円であるが、新退職金規定を適用すると、自己都合と会社都合とを問わず八一万九〇〇〇円となる。

(三) 被告会社は、平成四年四月三日、原告に対し、新退職金規定に基づいて算出した退職金八一万九〇〇〇円を支給した。

3  賞与について

(一) 被告会社は、平成三年三月一六日実施として、就業規則及び給与規定を改正し(以下、改正前の給与規定を「旧給与規定」、改正後の給与規定を「新給与規定」という。)、旧給与規定一六条の「会社は、毎年六月と一二月に会社の業績を考慮したうえ、社員の勤務成績などに応じて賞与を支給する。」を、新給与規定二二条として、その末尾に「(但し、支給日に在籍なき者は対象外とする。)」との支給日在籍要件を付加した(〈証拠略〉)。

(二) 右給与規定の改正にあたって、原告は、平成三年二月八日、被告会社に対し、「私は、平成三年三月一六日付の株式会社アルファ(被告会社の旧商号)就業規則及び給与規定の変更について、十分な説明を受け、内容について同意致しますが、確認との為書面にて同意書を提出いたします。」との内容の同意書に署名捺印して、これを提出した(〈証拠・人証略〉)。

(三) 新旧両給与規定上、夏季賞与については、前年一二月一日から当年五月三一日までの勤務率と能率を基準にして定める旨が規定されていた(〈証拠略〉)。

(四) 原告は、平成四年度夏季賞与の支給日前である同年三月一五日被告会社を退職したが、被告会社は、原告に対し、新給与規定の支給日在籍要件を適用して、右賞与を支給しなかった。

4  皆勤手当について

(一) 新旧両給与規定上、皆勤手当は、給与締切期間内において皆勤した者に対して支給し、その額は、旧給与規定で月額一万円、平成三年三月一六日実施の新給与規定で月額一万五〇〇〇円と規定されている(〈証拠略〉)。

(二) 被告会社における皆勤手当は、会社設立以来現在まで、役職者(上位から、部長、部長代理、課長、課長代理、係長、係長代理、主任)及び役職待遇者以外の従業員に支給され、役職者及び役職待遇者には支給されない扱いであった(〈証拠・人証略〉)。

(三) 被告会社における賃金は、毎月一五日締め当月二五日払いであった。

(四) 原告は、被告会社に入社以来退職するまでの間、昭和六三年九月一六日から同年一〇月一五日までの一か月を除いて皆勤した。

(五) 原告は、係長待遇として入社して以来退職するまでの間、皆勤手当の支給を一度も受けなかった。

5  待遇手当について

(一) 被告会社は、本件雇用契約締結の際、原告に対し、待遇手当の支給を雇用条件として明示し(〈人証略〉、原告本人尋問の結果)、原告は、入社以来昭和六三年三月支給分まで、毎月待遇手当として三万円の支給を受けてきた。

(二) 被告会社は、原告の入社時の待遇手当から、主任に昇進した昭和六三年四月から平成元年三月支給分まで(役職手当が支給されなかった昭和六三年一〇月支給分を除く。)月額二万円を、係長代理に昇進した同年四月から平成三年四月支給分まで月額二万五〇〇〇円をそれぞれ減額し、係長に昇進した同年五月支給分以降は、原告に対して待遇手当を支給しなかった。

二  原告の主張

1  退職金について

(一) 昭和六三年四月一日の退職金規定の改正にあたって、原告は、当時勤務していた新宿支店の支店長から一方的に改正された新退職金規定を提示されたにすぎず、しかも、被告会社から新退職金規定が入社時に遡って適用されるとの説明を受けなかったのであるから、原告の退職金の計算については、新退職金規定の適用はなく、旧退職金規定が適用される。

(二) 平成四年一月下旬原告が勤務していた池袋支店の店舗が売却された際、被告会社から、池袋支店に残りたい者は売却先に再雇用されるようにする、残りたくない者は退職するか、他の支店に転勤することになるが、今回の件で退職する場合には会社都合の扱いにするとの説明を受けて、原告は、会社都合による退職を選択した。したがって、原告の退職は、会社都合による退職であって、自己都合による退職ではない。

(三) 以上によれば、原告の退職金額は、一四二万八〇〇〇円となるから、その退職金残額は、右金額から既に支払いを受けた八一万九〇〇〇円を控除した六〇万九〇〇〇円となる。

2  賞与について

(一) 原告は、平成三年三月一六日の給与規定改正に同意したが、その際、被告会社は、原告に対し、右改正前に入社した従業員にも新給与規定の支給日在籍要件が適用されるとの説明をしなかったのであるから、右改正前に入社した原告には、新給与規定の支給日在籍要件は適用されない。したがって、原告は、平成四年度夏季賞与の支給日前に退職したが、右賞与請求権を有する。

(二) 被告会社における最近の二、三年間の夏季賞与の支給実績は、基本給の約二・三か月分である。

(三) 以上によれば、原告の平成四年度夏季賞与は、基本給に右支給実績二・三と賞与支給対象期間(平成三年一二月一日から平成四年五月三一日までの一八三日間)に対する原告の勤務期間(平成三年一二月一日から平成四年三月一五日までの一〇六日間)の比を乗じた二七万九七七〇円となる。

3  皆勤手当について

(一) 被告会社は、本件雇用契約締結の際、原告に対し、皆勤手当の支給を雇用条件として明示した。仮に、そうでないとしても、新旧両給与規定は、皆勤手当の支給対象者として、役職者及び役職者待遇者を除外していないうえ、被告会社は、原告を採用するにあたって、役職者及び役職者待遇者には皆勤手当が支給されないことを説明しなかったのであるから、皆勤手当の支給は、本件雇用契約の内容になっていた。

(二) したがって、原告は、被告会社に対し、昭和六一年五月から平成三年三月支給分まで(昭和六三年一〇月分を除く。)の五八か月間は月額一万円、平成三年四月から平成四年三月支給分までの一二か月間は月額一万五〇〇〇円、合計七六万円の皆勤手当の支払を求め得る。

4  待遇手当について

(一) 被告会社は、本件雇用契約締結の際、待遇手当は役職に昇進する際に役職手当の支給相当額だけ減額となる旨の説明をしなかったのであるから、原告の同意なく一方的に待遇手当を減額することは違法である。

(二) したがって、原告は、被告会社に対し、昭和六三年四月から平成元年三月支給分まで(昭和六三年一〇月分を除く。)の一一か月間は月額二万円、平成元年四月から平成三年四月支給分までの二五か月間は月額二万五〇〇〇円、平成三年五月から平成四年三月支給分までの一一か月間は月額三万円、合計一一七万五〇〇〇円の待遇手当の支払を求め得る。

5  よって、原告は、被告会社に対し、退職金として六〇万九〇〇〇円、平成四年度夏季賞与として二七万九七七〇円、皆勤手当として七六万円、待遇手当として一一七万五〇〇〇円の合計二八二万三七七〇円及び別表記載の内金額に対する同表始期欄記載の日(退職金については退職金支払日の翌日、賞与については本訴状送達の日の翌日、皆勤手当及び待遇手当については各給与支給日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  退職金について

(一) 新退職金規定は、各支店毎に従業員全員で協議し、その同意を得て改正されたものであり、原告も新宿支店長のもとで協議に加わり、退職金規定の改正に同意した。したがって、原告の退職金については、新退職金規定が適用され、これによれば、会社都合による退職と自己都合による退職の場合を問わずその額が八一万九〇〇〇円となり、原告の退職金は、その全額が支払ずみであるから、退職金残額の支払を求める原告の請求は理由がない。

(二) 池袋支店店舗の売却にあたって、被告会社は、売却先の会社に同一の雇用条件で移籍するか、被告会社の新宿支店に転勤するかを選択するように提案したが、原告は、右のいずれをも選択しないで退職を申し出たのであるから、原告の退職は、自己都合によるものである。したがって、仮に、原告の退職金について旧退職金規定が適用されるとしても、原告の退職金額は、自己都合による退職として、九九万九六〇〇円となり、その退職金残額は、既に支払ずみの八一万九〇〇〇円を差し引いた一八万〇六〇〇円となる。

2  賞与について

(一) 被告会社では、会社設立以来、合意あるいは確立した労使慣行により、支給日に在籍した従業員にのみ賞与が支給される扱いであったから、新給与規定の支給日在籍要件は、従前の扱いを明文化したにすぎず、従業員の既得権を奪ったり、不利益に変更したものではない。

(二) 仮に、給与規定の改正が不利益変更にあたるとしても、原告は、平成三年二月八日右給与規定の改正に同意した。

(三) したがって、被告会社が平成四年度夏季賞与の支給日に在籍しなかった原告に対して右賞与を支給しなかったことは適法であるから、右賞与の支払を求める原告の請求は理由がない。

3  皆勤手当について

(一) 被告会社は、原告を役職待遇者として採用するにあたって、皆勤手当が支給されることを本件雇用契約の内容にしなかった。現に、原告は、異議を述べる機会があったのに、何ら異議を申し出なかった。

(二) 給与規定に皆勤手当の支給対象者に具体的な定めがないとしても、皆勤手当を役職者及び役職待遇者以外の者にのみ支給することは、会社設立以来の扱いであり、労使慣行として確立していた。

(三) したがって、皆勤手当の支払を求める原告の請求は理由がない。

4  待遇手当について

(一) 被告会社における待遇手当は、役職に昇任するまでの間給与面で役職者と同じ待遇をするというものであって、係長待遇の場合には、役職に就いていない場合は係長手当相当額、主任又は係長代理の役職に就いた場合には係長手当と右の各役職手当との差額相当額が待遇手当として支給される扱いになっていた。しかも、原告は、異議を述べる機会があったのにもかかわらず、何ら異議を申し出なかったのであるから、待遇手当は右のような内容のものとして本件雇用契約の内容になっていた。

(二) したがって、待遇手当の支払を求める原告の請求は理由がない。

第三当裁判所の判断

一  退職金について

1  原告の退職金計算について、旧退職金規定が適用されるのか、新退職金規定が適用されるのか。

本件退職金規定の改正は、従業員にとって明らかに不利益な変更であるところ(基礎となる事実関係2(一)とおり)、退職金は賃金に準じるものであり、いったん退職金支給基準が雇用契約の内容となった以上は、相手方の同意なくしてこれを変更し得ないのは、契約法理上みやすい道理であるから、退職金規定の支給率を従業員の不利益に変更するについては、被告会社の業績悪化等の事情があるとしても、右不利益変更を是認すべき特別の事情があるような場合は格別、変更前から雇用されていた従業員との関係では、その個別の同意のない限り不利益変更の効力は及ばないものと解される。

これを本件についてみると、被告会社は、昭和六三年二月頃、各支店長が出席する管理職会議において、就業規則及び退職金規定を含めた細則の改正原案を提示し、各支店毎に持ち帰って、意見があれば申し出るように指示したこと、当時原告が配属されていた新宿支店の支店長は、開店前のミーティングにおいて、同支店従業員らに対し、各自で検討したうえで意見があれば申し出るように指示したが、退職金規定の支給率の不利益変更の点については、特に具体的な説明をしなかったこと、右支店長は、約一か月後のミーティングにおいて、同支店従業員らに改めて意見を求めたが、特に意見が出なかったこと、被告会社は、同年三月の管理職会議において、右改正案についての意見を集約し、その際に従業員側から出された出張旅費増額の要望を受け入れて、原案を修正したうえ、昭和六三年三月一一日、従業員らに対し、通達により就業規則及び諸規定の改正を通知したことが認められるが(〈証拠・人証略〉)、これらの一連の手続きを踏んだというだけでは、従業員の意見聴取の手続を履践したとは言えるとしても、個々の従業員らの同意を得たとまでは言うことはできない。もっとも、原告が当時勤務していた新宿支店長であった(人証略)は、原告を含む支店従業員らは右改正案に同意して、一枚の同意書に全員が連名で署名して、被告会社に提出したとの供述をし、当時右改正案の説明を受けて同意書に署名捺印をした旨の被告会社の従業員らの陳述書(〈証拠略〉、なお、同支店従業員は含まれていない。)も提出されていることから、原告が、同意書に署名することによって、右改正案に同意したことを認める余地がないではない。しかしながら、右同意書は、退職金規定の効力を左右する従業員の同意の存在を証明するための重要な書面であり、被告会社において大切に保管されるべきものであるにもかかわらず、紛失を理由に提出されていないこと、したがって、仮に、右改正の際に従業員らが連名で署名した書面が存在していたとしても、右書面の体裁及び内容が全く不明なのであって、原告が他の支店従業員らとともに右書面に実際に署名したのか否か、右書面が退職金規定の支給率の不利益変更を原告が同意したことを認めるに足りるだけの十分な内容を備えたものであるのか否か確認することができないこと、原告本人は、通達に右改正案を閲覧したという意味で捺印したことはあるが、同意書に署名捺印したことはない旨供述していることなどに照らせば、(人証略)の右証言及び被告会社の従業員らの陳述書だけでは、退職金規定の支給率の不利益変更について、原告の個別の同意を得たと認めるには不十分というほかない。そして、退職金規定の支給率の不利益変更を是認すべき特別の事情も認められない。

なお、被告会社は、その後の給与規定改正の際には原告を含む従業員らの同意を得る手続を尽くした事実が認められるが(基礎となる事実関係3(二)のとおり)、これは、被告会社が、右給与規定改正前、被告会社を退職した従業員から旧退職金規定に基づく退職金を請求されたことが一度あったために(〈人証略〉)、今後はこのようなことがないように従業員の同意を得る手続を尽くしたものとみることができるから、右事実から、被告会社においては、就業規則及び細則の改正の際には必ず従業員の同意を得る手続が履践されていたとか、昭和六三年四月の退職金規定改正の際にも従業員らの同意を得る手続が履践されたとか言うことはできない。

したがって、原告の退職金の計算については、新退職金規定の適用はなく、旧退職金規定が適用されるものと解するのが相当である。

2  原告の退職は、自己都合の退職か、会社都合の退職か。

原告が被告会社を退職した経緯について、被告会社は、平成四年になって、多額の債務返済のために店舗を整理売却し、原告が支店長として配属されていた池袋支店の店舗も売却されることになったこと、その際、被告会社は、池袋支店の従業員らに対して、売却先の会社に同一の雇用条件で移籍するか、被告会社の他支店に転勤するかを選択するように提案したこと、原告の転勤先として新宿支店が予定され、役職は従前と同様の係長であり、給与等の待遇面も従前と同様であったこと、池袋支店の従業員らは、正社員二名が新宿支店に転勤し、パートタイマー二名が売却先会社に移籍したが、原告のみは、新宿支店に支店長として転勤できないことを理由に右のいずれをも選択しないで退職を申し出たことが認められ(〈人証略〉、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、以上の事実によれば、被告会社の事業の縮小という事情があるにせよ、被告会社は、原告をなお継続して雇用する意思はあり、原告が稼働すべき転勤先も予定されていたのであるから、原告の退職は、原告側の事情によるものであって、自己都合によるものと認めるのが相当である。

なお、原告は、被告会社は店舗の売却に伴い退職する場合には会社都合にすると述べた旨主張し、原告本人も、当時の被告代表者が、全国支店長会議及び管理職会議において、退職する場合には会社都合として解雇予告手当を支払う旨を述べたと供述しているが、他方、(人証略)は、転勤先のない地方店舗の従業員については、会社都合として解雇予告手当を支払うと述べたが、転勤先のある都内店舗の従業員については、そのようなことを述べていないと供述していることに照らせば、原告本人の右供述をそのまま信用して、原告の主張する事実を認めることはできない。また、仮に、当時の被告代表者が、会社都合として解雇予告手当を支払う旨を述べたとしても、被告代表者は、退職金の計算については会社都合による退職と自己都合による退職の場合とで区別しない新退職金規定の支給率が適用されるとの認識を前提としたうえで右発言をしたのであるから(弁論の全趣旨)、被告代表者の右発言は、店舗の売却に伴い退職する場合には解雇予告手当を支払うとの趣旨のものにとどまり、退職金の計算の関係でも旧退職金規定の会社都合による退職の場合の支給率を適用するとの意思を表明したものとみることはできない。したがって、また、被告会社が原告の要求に応じて原告に解雇予告手当を支払ったことも(〈人証略〉)、前記判断を左右するものではない。

更に、被告会社が作成した離職票には会社都合の退職である旨の記載があることが認められるが(〈人証略〉)、右記載は、被告会社が、原告の要求により原告に対して解雇予告手当を支払った関係で記載されたものとみることができるし(〈人証略〉)、あるいは、雇用保険受給の関係で原告を含む従業員らを有利に取り扱い、退職から三か月間の給付制限を受けることなく直ちに基本手当の支給を受けられるように配慮した結果によるものともみることができるのであるから、離職票の右記載は、原告の退職金の計算の関係で、会社都合による退職であるか、自己都合による退職であるかの実質的判断をするにあたって、これに決定的な影響を及ぼすものとはいえない。

3  以上によれば、原告の退職金の計算については、旧退職金規定が適用され、しかも、自己都合による退職であるから、原告の退職金額は、九九万九六〇〇円となり、既に支払を受けた八一万九〇〇〇円を控除すると、その退職金残額は一八万〇六〇〇円となる。

したがって、原告の被告会社に対する退職金請求は、一八万〇六〇〇円の支払を求める限度で理由がある。

二  賞与について

平成三年三月一六日実施の給与規定の改正にあたって、原告は、同意書に署名捺印することによって、新給与規定に同意したのであるから(基礎となる事実関係3(二)のとおり)、支給日在籍要件を加えたことが旧給与規定を不利益に変更したものか、あるいは従前の被告会社における扱いを確認したにすぎないものかを論ずるまでもなく、原告に新給与規定の支給日在籍要件が適用されることは明らかというべきである。したがって、平成四年度夏季賞与の支給日に被告会社に在籍していなかった原告に右賞与請求権はない。

原告は、新給与規定に同意した際、新給与規定が改正前に雇用された従業員にも適用されるとの説明を受けなかったから、新給与規定の支給日在籍要件は、原告には適用されないと主張する。しかしながら、細則を含む就業規則は、賃金等の雇用条件について経営上の要請に基づき統一的かつ画一的に処理するために、これを定型的に定めたものであるから、就業規則制定前に雇用された労働者を含む関係当事者を一般的に拘束するために制定されるものであって、そのためにこそ、給与規定の改正にあたって、被告会社は、改正前に雇用された従業員に対しても同意を求め、他方、原告を含む従業員らも、同意を求められている以上、仮にその説明を受けなくとも、新給与規定に拘束されることを認識したうえで右改正に同意したものと認められる。したがって、原告の右主張は理由がない。

なお、付け加えれば、被告会社の就業規則には、賞与について「会社の業績を考慮したうえ、社員の勤務成績などに応じて賞与を支給する。」と規定されていることからすれば、従業員は、査定あるいは労使の合意により、当該賞与の金額が具体的に決定されて初めて賞与請求権を取得するというべきところ、本件では、原告は、過去の夏季賞与の支給実績を主張するのみで、平成四年度夏季賞与について、被告会社による原告の査定あるいは労使の合意により、原告の右賞与の額が具体的に決定されたことを何ら主張立証していないから、この点からみても、平成四年度夏季賞与の支払を求める原告の請求は、失当である。

以上によれば、原告には、平成四年度夏季の賞与請求権はないから、原告の被告に対する本件賞与請求は理由がない。

三  皆勤手当について

原告は、本件雇用契約締結の際、皆勤手当一万円の支給を雇用条件として明示されたと主張し、原告本人はこれに沿う供述をする。しかしながら、被告会社においては、会社設立以来、皆勤手当は、役職者及び役職待遇者以外の従業員に支給され、役職者及び役職待遇者には支給されていない扱いがされてきたことに照らせば、被告会社が、本件雇用契約締結の際、役職待遇者として採用された原告に対し、皆勤手当を支給する旨の雇用条件を提示したと認めるのは困難である。また、仮に、原告本人の右供述のとおり、被告会社の担当者が、原告に対し、皆勤手当を支給する旨の雇用条件を提示したとしても、原告本人が更に供述するところによれば、原告は、入社後最初の給与支払時に、右担当者から、役職待遇者には皆勤手当は支給されないとの説明を受けて、その後は異議を申し出ないまま、退職するまで皆勤手当を含まない賃金の支給を受けてきたというのであるから、原告は、最終的には右担当者の説明を受け入れて、皆勤手当の支給は、本件雇用契約の内容にはならなかったものと認めるが相当である。

なお、被告会社の給与規定では、支給対象者として役職者及び役職待遇者が除外されていないが、一般的には、皆勤手当はその支給対象者が限定される例が多く、被告会社においても、会社設立以来、役職者及び役職待遇者以外の従業員にのみ支給されるという扱いが継続されてきたのであり、これは、事実たる慣習として、労使慣行というに値するものといえる。そして、右のような労使慣行は就業規則の解釈基準として、これと一体の効力を持つものであるから、被告会社の給与規定上も、右労使慣行とあいまって、皆勤手当は役職者及び役職待遇者以外の従業員にのみ支給されるものと解するのが相当であり、したがって、給与規定で皆勤手当の支給対象者について限定されていないことは、前記判断を左右するものではない。

以上によれば、皆勤手当の支給は本件雇用契約の内容になっていないから、皆勤手当に関する原告の請求は理由がない。

四  待遇手当について

待遇手当に関して、原告は、本件雇用契約締結の際、被告会社から待遇手当三万円の支給を雇用条件として提示されたこと、被告会社における待遇手当は、就業規則に定めがないが、役職に昇進するまでの間給与面で役職者と同じ待遇をするという内容のものであって、原告と同様の係長待遇の場合、何ら役職に就かない間は係長手当相当額三万円が、主任又は係長代理の役職に就いたときには係長手当と主任又は係長代理手当との差額相当額が待遇手当として支給される扱いになっていたこと、役職手当は、主任二万円、係長代理二万五〇〇〇円であったこと、被告会社は、原告の待遇手当についても被告会社における右扱いに従い、原告の主任及び係長代理への昇進に伴い待遇手当から右の役職手当相当額を減額し、更に係長に昇進した以降は待遇手当を支給しなかったことがそれぞれ認められる(〈証拠・人証略〉)。

原告は、本件雇用契約締結の際、被告会社から、役職に就いたときに支給される役職手当に相当する額が待遇手当から減額されることの説明を受けなかったのであるから、被告会社が原告の待遇手当から役職手当に相当する額を減額した措置は違法であると主張する。しかしながら、原告は、主任昇進直後の給与支給時に給与明細書を見て待遇手当が減額されたことを知り、被告会社担当者に説明を求め、同担当者から待遇手当は役職に就いたときには役職手当に相当する額が減額されるとの説明を受けたこと、原告は、その後は一度も異議を申し出ることなく、係長代理までは役職手当に相当する額を減額された待遇手当の支給を受け、係長昇進時以降は待遇手当を含まない賃金の支給を受けてきたことが認められ(原告本人尋問の結果)、以上の事実によれば、原告は、右担当者の説明を受け入れて、被告会社における待遇手当の扱いを是認していたとみることができるから、原告の待遇手当についても、係長に昇任するまでの間給与面で係長と同じ待遇をするという内容のものとして本件雇用契約の内容になっていたと認めるのが相当である。

したがって、待遇手当の支払いを求める原告の請求は理由がない。

五  以上によれば、原告の本件請求は、退職金請求権に基づき金一八万〇六〇〇円及びこれに対する平成四年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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